(建築ライター 取材・執筆)
福井県小浜市。
集落から少し離れた静かな木立の中に、その神社はありました。
境内で、ひと際目を引く真新しい建物。それが、忠建築が手がけた社務所です。
鳥居をくぐって境内に入り、迂回するように参道を進んで行くと、渡り廊下でつながる舞堂の脇に佇む社務所が見えてきます。
参拝者と神をつなぐ神社の心臓部
社務所は、神社の境内にある施設のひとつ。
神職や巫女が待機する場所であり、厄除やお宮参り・七五三など参拝者の祈祷を受け付けるなど、大切な役割を担う建物です。
初詣に行っておみくじを引いたり、受験シーズンにお守りを買いに行ったり、今なら人気の御朱印帳を求めて社務所を訪れる人もいるでしょう。
参拝者を迎えるのは、参道から真っすぐにつながるカウンター。ここで祈祷の受付や授与品の販売などが行われます。
カウンターの天板は跳ね上げ式で、普段は折りたたんで収納しておき、必要なときだけ広げて使用します。
厚みのある天板の小端には傾斜をつけ、角を丁寧に面取りして、やわらかな雰囲気を。
伝統が息づく神聖な空間
社務所の引き戸を開けると、長く伸びた明るい廊下が現れます。その廊下を進むと、障子で仕切られた二間続きの広い座敷へと導かれます。
この座敷では、祭事の準備や打合せなどが行われるほか、宮司をはじめとする神職の控え室や接客の場としても使用されます。
神社の運営に欠かせない議論や交流が、この部屋で繰り広げられているのですね。
特徴的なのが、畳の敷き方。神社では、畳が床の間に対してすべて平行に敷き詰められます。
これは、『不祝儀敷き』と呼ばれる畳の敷き方。
一般的な住宅の和室では、畳の合わせ目が十字にならないよう平行と垂直を組み合わせた『祝儀敷き』が主流ですが、神社や寺院では畳を『不祝儀敷き』とすることによって、そこが“神聖な空間”であることを示します。
畳の美しい模様が一直線に並ぶ姿には、先人たちが大切にしてきた美意識と、神聖な空間へのこだわりが込められているようです。
社務所に見る生活空間の工夫
社務所の一隅には台所やトイレという日常生活に欠かせない空間があり、台所には普通の住宅と同じようにシンクやコンロ、冷蔵庫などが備えられています。
神社の日常業務を支える神職たちにとって、欠かせない場所。
お茶を淹れたり、簡単な食事を準備したりと、ささやかな時間を過ごします。
トイレは、洋式と小便器用に1室ずつ用意されています。
腰壁には深みのあるブラウンを用い、落ち着いた雰囲気を。上部には白木を使用することで、清潔感と明るさを演出しました。
神聖な空間である神社において、トイレは俗世間との境界とも言える場所。その重要性を考慮し、デザインにも細心の注意を払います。
神事と日常をつなぐ木の芸術
社務所と舞堂を結ぶ渡り廊下も、新しく設えました。
壁、床、天井のすべてを天然の杉板で仕上げた、味わい深い空間。
決して長い廊下ではありませんが、部分的に天井を高く設計することで、圧迫感のない、心地よい空間が生まれました。
普段は閉め切られていますが、祭事の際には建具をすべて引き込むことで外の自然光や風が杉板張りの廊下と一体化。
意匠の美しさを引き立てるとともに、自然との調和を促します。
こちらは、境内から見た渡り廊下。
外壁の黒と、節や木目の表情豊かな内部のコントラストが、意匠の美しさを引き立てます。
自然に囲まれた境内に佇む姿は、まるで自然の一部のようですね。
現在はきれいな生木の色を残した外観も、時間の経過とともに渋みのあるシルバーグレーに変化し、舞堂とのつながりをより一層深め、神社全体の一体感を高めていくことでしょう。
自然の力にゆだねながら、ゆっくりと成熟していく木の表情を通して、私たちもまた日本の美意識と精神性の深さを学んでいきたいと考えています。